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2009年10月06日
『食文化に影響を与えた開港から見えたこと』
先月シルバーウィークというものがありました。
毎年5月にはゴールデンウィークがあるので、9月の敬老の日を絡めた連休をシルバーウィークというらしいですね。
その時に開港150年で観光に力を入れている横浜に行ってきました。
ホテルも、中華街も人で一杯でした。私の目的は旧友と会うことでした。
友人の指定した中華街のレストランに向かっていると、あまりにたくさんの人と同じような佇まいの店が多いこと、呼び込みの店員さんの渡すチラシを受け取りながら歩いていると道に迷ってしまいました。
横浜の道を日本語がたどたどしい中国の方に教えていただきながらようやく目指すレストランに到着!・・・横浜は面白いと思いました。
さて、開港150年記念行事にわいていた横浜ですが、開港した当時のことを食文化的に考えてみました。
もともとは種子島にポルトガル人が漂着してから後に、西洋料理の伝来が始まったとされています。その後は宣教師の方々によって長崎を中心に行なわれていたようですね。本格的に西洋料理が日本に入ったのは開港以来の明治になってからといわれています。
例えば、明治元年に横浜の開国人居留地には4軒のホテルの他に、レストラン、コーヒーハウス、パン屋さんもあったそうです。
そういう意味でも、横浜は日本の食文化において得意な位置を占めているといってよいでしょう。
今から150年前の1859年には外国人居留地に住んでいた人々は牛乳や牛肉を周辺の農家から入手し、母国の食文化を持ち込み、それを日本人が口にするようになったみたいです。
先日訪れた横浜では次のような年表が書かれていました。
1861年・・・W・グッドマンが日本で初めてパン屋を開業
1862年・・・日本初の本格的なレストラン「ゴールデン・ゲート・レストラン」がオープン日本で最初の牛鍋屋「伊勢熊」が開店
1864年・・・ファー・ブロス商会が日本で初めてソーダー水を販売
1865年・・・R・リズレーによりアイスクリームが日本初登場
1869年・・・ジャパン・ブルワリーが日本でビールを初醸造 等など・。
その後、日本人は横浜に持ち込まれた食文化を日本人の中に定着させていきました。
1867年・・・中川嘉兵衛が元町一丁目で日本人として初めてパンを販売
1869年・・・日本初の西洋料理店「崎陽亭」開店町田房造が最初の日本人製
アイスクリームを馬車道で販売
1881年・・・日本人による初めてのハム製造が鎌倉郡戸塚で開始
などです。
横浜は日本の食文化にとって特筆すべき場所となりました。
今ではすっかり『日本の食』となっている「すき焼き」「カレーライス」「ラーメン」は横浜を発祥の地としています。
先月のシルバーウィークに開港150年祭を行なっている横浜に行ったことにより、気持ちが新たになりました。
それは、今の日本に必要なことは何か・・を考えるきっかけになったからです。
日本、大好きな小泉八雲の記事によると、明治の労働者は麦の混ざったご飯でおにぎりを作り、沢庵などの漬物と一緒にお弁当として携帯していたらしいです。このお弁当に、魚の干物を食べたり、味噌汁などを食べたりしていると、今の日本では最高にバランスの取れた食事となるのですが・・・。
当時の日本は白米至上主義による脚気などが流行っていました。
それは明治時代だけでなく、江戸時代においても参勤交代で江戸に暮らす大名の家臣たちに「江戸わずらい」という脚気が流行っていたようです。
今回、文明開化のにおいがする横浜に行き、日本の食文化を考えてきました。
今の私たちは日本の食文化の良いところをしっかり受け継ぎ、実践し構成に伝える必要があると思います。
まずは、主食を白米から玄米や雑穀米に変えてみるだけでも「江戸わずらい」のような栄養不足から脱却できることを知りましょう。
私はそのための勉強が食育だと思うのです。
投稿者 yoshikei : 2009年10月06日 11:21
